独占禁止法とハーフィンダール・ハーシュマン指数
はじめに
近年、「金融機関が多過ぎる」「オーバーバンキング」等の声がよく聞かれる。あたかもこのような声に呼応したかのように、地方銀行を中心に経営統合や合併等の動きも出てきている。本記事執筆の直前には、菅内閣官房長官による「地方の銀行について、将来的には数が多すぎるのではないか」「再編も一つの選択肢になる」という発言もあった。
さて、多くの読者はご存じのように、公正取引委員会(以下、公取委)は独占禁止法に基づき、株式取得や合併等を含む企業結合が企業間の競争を制限するか否かについて審査を行う。この企業結合審査においては、「競争を制限するか否か」の客観的な判断基準の1つとして、ハーフィンダール・ハーシュマン指数(Herfindahl-Hirschman Index、以下、HHI)という数値が用いられている。企業結合審査は様々な要素が検討される複雑なプロセスであるが、本ブログの目的の1つは社会で使われている数学を紹介することであるため *1、本記事では実際の企業結合の具体例を交えつつHHIの定義とその使われ方に限定して説明することとしたい。
独占禁止法に基づく企業結合審査の「超」概要
独占禁止法に基づいて企業結合審査を行う際に拠り所となるのが、公取委が策定した「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」(以下、企業結合指針)である。本節では企業結合指針の概要について述べるが、詳細については参考文献[1]を参照されたい。企業結合指針では、最初に企業結合を行う会社(以下、当事会社)が企業結合審査の対象となるか否かの判断を行い、対象となると判断された場合には、当事会社が「セーフハーバー基準」に該当するか否かを判断する *2。例えば、水平型企業結合の審査におけるセーフハーバー基準は、以下の3つの条件から構成される(HHIの定義は次節で述べる)。
2. 企業結合後のHHIが1,500超2,500以下であって、かつ、HHIの増分が250以下である場合
3. 企業結合後のHHIが2,500を超え、かつ、HHIの増分が150以下である場合
セーフハーバー基準に該当する場合は、企業結合が直ちに競争を制限することにはならないと判断される。一方、セーフハーバー基準に該当しない場合は、競争者の状況や参入障壁の程度等を含む要素を総合的に勘案し、競争を制限することになるか否かを判断していくことになる。
ハーフィンダール・ハーシュマン指数とは
HHIとは、いずれも経済学者であるHerfindahlとHirschmanにちなんで名づけられた指数である。名称は仰々しいが、その定義は簡潔であり四則演算で計算できるものである。いま、社の企業があるとして、企業の市場シェアをパーセント表示したものがそれぞれであるとする。このとき、HHIは以下の式で定義される。
こうして定義されたHHIの取りうる値の範囲はであり、HHIが大きいほど企業群による寡占度は大きくなる。このことを数値例で見てみよう。
図1と図2それぞれの外枠は1辺の長さが100の正方形であり、この外枠の中に1辺の長さが企業の市場シェアに等しい正方形が企業の数だけ対角線上に並んでいる。HHIは対角線上の正方形の面積の和に等しい。図1は企業10社の市場シェアが等しく10%である場合、図2は企業2社の市場シェアがそれぞれ70%および30%である場合である。図には示していないが、1企業が市場を独占している場合は明らかにHHI=10000である。寡占が進むほどHHIが大きくなっていく様子が視覚的に理解できるであろう。
具体例:ふくおかFGによる十八銀行の株式取得
近年において金融機関の経営統合が公取委による審査の対象となった例の1つが、ふくおかフィナンシャルグループ(以下、FFG)による十八銀行の株式取得である。公取委は2016年6月に株式取得に関する計画の届出を受け、約2年に亘る審査ののち、最終的に2018年8月に排除措置命令を行わない旨の通知を行った。本件審査の詳細については参考文献[2]を参照されたい。審査においては、特に事業性貸出の分野が競争を制限することになるかどうかが焦点となった。以下の表は、審査当時の長崎県における中小企業向け貸出の市場シェアの状況である *3。
順位 | 金融機関名 | 市場シェア |
---|---|---|
1 | FFGグループ | 約40% |
2 | 十八銀行 | 約35% |
3 | D | 約10% |
4 | E | 約5% |
5 | F | 約5% |
その他 | 約10% | |
合計 | 100% | |
統合後のHHI:約5,400 | ||
HHIの増分:約2,600 |
上記のようなHHIの計算結果はセーフハーバー基準には該当しないため、公取委はさらに長崎県における競争者の状況を仔細に調査した結果、D、E、F等の競争事業者からの競争圧力は限定的であると判断した。また、公取委は隣接市場からの競争圧力は限定的であり、中小企業向け貸出市場への参入圧力も認められないとした。このままでは排除措置命令を行うことになってしまうのだが、公取委は最終的に、当事会社が申し出た合計1千億円弱相当の債権譲渡を含む複数の問題解消措置が講じられることを前提として、株式取得が競争を制限することにはならないと判断したのである。
参考文献
[1] 公正取引委員会、「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」、2004年5月31日(2019年12月17日改定)
[2] 公正取引委員会、「株式会社ふくおかフィナンシャルグループによる株式会社十八銀行の株式取得に関する審査結果について」、2018年8月24日