crtaker’s blog

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一定の外力の下での調和振動子の振舞い

はじめに

 今個人的に考えている問題 *1 を極端に単純化したものが、調和振動子に外力を加えた系になっている。そこで、この系を古典力学量子力学によって考察した記事を個人的なメモ書きとして残しておこうと思う。なお、本記事は筆者の個人的興味を書き連ねたものに過ぎないため読者ニーズはほとんどないであろうが、一応は古典力学量子力学の基礎に精通した読者を想定している。

モデル

 1次元の調和振動子に対して、時間に依存する外力F(t)を加えたような系を考える。この系のLagrangianは式(1)で与えられる。

 \displaystyle{
 L(t)=\frac{1}{2}m\left(\frac{dx}{dt}\right)^2-\frac{1}{2}m\omega^2x^2+F(t)x
\tag{1}
}

ただし、xmはそれぞれ質点の x座標における位置と質量であり、\omegaは系の固有角振動数である。なお、このような系は、例えば電荷qを持つ質点をバネ定数kのバネにつなぎ、時間に依存する電場E(t) x軸の正の方向にかければ実現できる。実際、この物理系のLagrangianは式(2)で与えられる。

 \displaystyle{
 L=\frac{1}{2}m\left(\frac{dx}{dt}\right)^2-\frac{1}{2}kx^2+qE(t)x
\tag{2}
}

ここで、\omega=\sqrt{k/m},F(t)=qE(t)とおけば式(2)は系(1)に帰着することが分かる。いずれにしても、以降の議論は具体的な物理系(2)に限らず、式(1)で定式化されるような一般的な系に対して適用可能である。ただし、以降では外力F(t)の時間依存性は以下の形に限定する。

 \displaystyle{
 F(t)=\left\{\begin{array}{cl}
  0 & (t\leq 0) \\
  F_0 & (t> 0)
\end{array}\right.
\tag{3}
}

つまり、時刻 t=0以前では外力は存在しないが、時刻 t=0以降では系に一定の外力 F_0が加わるということである。

古典力学

 最初に、系(1)を古典力学で扱おう。質点は時刻 t\leq 0において原点に静止しているものとする(当然、原点に静止している質点というのは(1)で与えられるLagrangianから導かれる運動方程式の解になっている)。そこで、時刻 t>0における質点の位置 x(t)を初期条件

 \displaystyle{
 x(0)=\frac{dx}{dt}(0)=0
\tag{4}
}

の下で求めよう。計算自体は容易なので、以下に結果だけ記す。

 \displaystyle{
 x(t)=\frac{F_0}{m\omega^2}(1-\cos\omega t)\quad(t>0)
\tag{5}
}

このように、式(3)で与えられるような外力の影響下でも質点はやはり調和振動子であり、 x座標の非負の領域を周期的に運動する。特に、正の整数 nに対して質点は時刻 t=2\pi n/\omegaにおいて周期的に原点に戻ってくるということを覚えておこう。

量子力学

 次に、上で考えた古典的な調和振動子の問題をSchrödinger描像による量子力学の枠組みで考えてみたい。Lagrangian (1)から導かれる系のHamiltonianは式(6)で与えられる。

 \displaystyle{
 H(t)=\frac{1}{2m}p^2+\frac{1}{2}m\omega^2x^2-F(t)x
\tag{6}
}

ただし、 p xの共役運動量であり、 xとの正準交換関係

 \displaystyle{
 [x,p]=i\hbar
\tag{7}
}

を満たす。ここで考えたいのは、古典力学における解(5)の量子力学的対応物である。しかし、解(5)の初期条件(4)は、「質点が原点に静止している」状態、すなわち位置と運動量がともにゼロである状態であった。当然ながら、このように位置と運動量の両方が確定しているような状態は、不確定性原理により量子力学では存在しえない。ただ、古典解 x(t)=0(t\leq 0)は明らかに系のエネルギーを最小にする状態であった。したがって、量子力学において古典的な初期条件(4)に対応するのは、Hamiltonian (6)の基底状態であるといえる。つまり、Hamiltonian  H(0)基底状態であった系の t>0における時間発展を考えることが古典解(5)の量子力学的対応物であるといえるだろう。そこで、以下ではHamiltonian  H_0\equiv H(0)の固有状態と、任意の t>0におけるHamiltonian  H_1\equiv H(t)の固有状態を考えることにする。

外力のない系の固有値と固有状態

 最初に時刻 t\leq 0における系の量子化を考えよう、まず、生成演算子 a^{\dagger}と消滅演算子 a

 \displaystyle{
 a^{\dagger}\equiv\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x-\frac{i}{\sqrt{m\hbar\omega}}p\right), \quad
 a\equiv\frac{1}{\sqrt{2}}\left(\sqrt{\frac{m\omega}{\hbar}}x+\frac{i}{\sqrt{m\hbar\omega}}p\right)
}

で定義する。正準交換関係(7)より、この生成消滅演算子は交換関係

 \displaystyle{
 [a,a^{\dagger}]=1
}

を満たすことがわかる。このとき、Hamiltonian  H_0

 \displaystyle{
 H_0=\hbar\omega\left(a^{\dagger}a+\frac{1}{2}\right)
}

で与えられる。この H_0の固有状態は非負の整数 nを用いてラベリングすることができ、それをブラケット記法を用いて |n\rangle_0と表記する。系の基底状態 |0\rangle_0であり、これは条件 a|0\rangle_0=0を満たす。また、励起状態 |n\rangle_0\,(n=1,2,\ldots)基底状態を用いて

 \displaystyle{
 |n\rangle_0=\frac{1}{\sqrt{n!}}(a^{\dagger})^n|0\rangle_0,\quad(n=1,2,\ldots)
}

と表される。基底状態が規格化条件 _0\langle 0|0\rangle_0=1を満たすとすると、励起状態も含めた全ての固有状態は規格化条件 _0\langle m|n\rangle_0=\delta_{mn}を満たす。固有状態 |n\rangle_0に対応する固有値 E^{0}_n=\hbar\omega(n+1/2)である。つまり、 |n\rangle_0

 \displaystyle{
 H_0|n\rangle_0=E^0_n|n\rangle_0,\quad(n=0,1,2,\ldots)
}

を満たす。なお、固有状態は次のような再帰的関係式を満たす。

 \displaystyle{
\begin{aligned}
 a^{\dagger}|n\rangle_0 &= \sqrt{n+1}|n+1\rangle_0 \\
 a|n\rangle_0 &= \sqrt{n}|n-1\rangle_0
\end{aligned}
\tag{8}
}

外力のある系の固有値と固有状態

 次に、 H_1の固有状態を考えたい。そのためには、 H_1 xについて平方完成できることに注意しよう。

 \displaystyle{
 H_1=\frac{1}{2m}p^2+\frac{1}{2}m\omega^2\left(x-\frac{F_0}{m\omega^2}\right)^2-\frac{F_0^2}{2m\omega^{2}}
}

そこで、新たに生成消滅演算子 b^{\dagger},b

 \displaystyle{
 b^{\dagger}=a^{\dagger}-\frac{F_0}{\sqrt{2m\hbar\omega^3}},\quad  b=a-\frac{F_0}{\sqrt{2m\hbar\omega^3}}
}

で定義する。すると、 H_1

 \displaystyle{
 H_1=\hbar\omega\left(b^{\dagger}b-\frac{F_0^2}{2m\hbar\omega^3}+\frac{1}{2}\right)
}

と表されるため、直前のパラグラフでの議論と同様に、 b|0\rangle_1=0を満たす状態 |0\rangle_1と状態

 \displaystyle{
 |n\rangle_1=\frac{1}{\sqrt{n!}}(b^{\dagger})^n|0\rangle_1,\quad(n=1,2,\ldots)
}

を定義できる。すると、状態 |n\rangle_1は、固有値 E^{1}_n\equiv E^{0}_n-F_0^{2}/2m\omega^{2}を持つ、すなわち

 \displaystyle{
 H_1|n\rangle_1=E^1_n|n\rangle_1,\quad(n=0,1,2,\ldots)
\tag{9}
}

を満たす H_1の固有状態であることが分かる。

Schrödinger方程式の解

 さて、時刻 t\geq 0におけるSchrödinger方程式の形式的な解は

 \displaystyle{
 |\Psi(t)\rangle = \exp\left(-i\frac{H_1t}{\hbar}\right)|0\rangle_0
\tag{10}
}

で与えられる。この解をより具体的なものにするため、 H_0基底状態 |0\rangle_0 H_1の固有状態で展開してみよう。つまり、ある複素係数 c_nを用いて

 \displaystyle{
 |0\rangle_0 = \sum_{n=0}^{\infty}c_n|n\rangle_1
\tag{11}
}

と書き表してみる。ただし、係数 c_nは規格化条件 \sum_{n=0}^{\infty}|c_n|^2=1を満たしていなければならない。また、一般に系の状態には複素位相の不定性があるため、 c_0は実数であるとしておく。係数 c_nを決定するため、(11)の両辺に a=b+F_0/\sqrt{2m\hbar\omega^{3}}を掛けると、

 \displaystyle{
\begin{aligned}
 0=a|0\rangle_0 &= \left(b+\frac{F_0}{\sqrt{2m\hbar\omega^3}}\right)\sum_{n=0}^{\infty}c_n|n\rangle_1 \\
 &= \sum_{n=0}^{\infty}\left(\sqrt{n+1}c_{n+1}+\frac{F_0}{\sqrt{2m\hbar\omega^3}}c_n\right)|n\rangle_1
\end{aligned}
}

を得る。ただし、最後の等式では、条件(8)の2行目において a b、および |n\rangle_0 |n\rangle_1にそれぞれ置き換えたものを用いた。よって、 c_nに関する規格化条件と c_0が実数であることを用いると、係数 c_n

 \displaystyle{
 c_n=\frac{1}{\sqrt{n!}}\left(-\frac{F_0}{\sqrt{2m\hbar\omega^3}}\right)^n\exp\left(-\frac{F_0^2}{4m\hbar\omega^3}\right)
\tag{12}
}

と決定できる。この c_nを用いれば、(9)、(10)、および(11)より、時刻 t\geq 0における状態 |\Psi(t)\rangle

 \displaystyle{
 |\Psi(t)\rangle = \sum_{n=0}^{\infty}c_n\exp\left(-i\frac{E^1_nt}{\hbar}\right)|n\rangle_1
\tag{13}
}

のように書ける。

遷移確率の計算

 さて、われわれは古典力学では質点が時刻 t=2\pi n/\omegaにおいて周期的に原点に戻ってくることを既に知っている。そこで、類似の現象が量子力学でも起きているかどうかを確かめるため、時刻 t>0において系の状態を観測したときに系が H_0基底状態 |0\rangle_0にある確率 P(t)を計算してみよう。時刻 tに系が基底状態 |0\rangle_0に遷移する確率振幅は、(11)、(12)、および(13)を用いると、

 \displaystyle{
\begin{aligned}
 _0\langle 0|\Psi(t)\rangle &= \left(\sum_{m=0}^{\infty}{}_1\langle m|c_m\right)\sum_{n=0}^{\infty}c_n\exp\left(-i\frac{E^1_nt}{\hbar}\right)|n\rangle_1 \\
 &= \sum_{n=0}^{\infty}c_n^2\exp\left(-i\frac{E^1_nt}{\hbar}\right) \\
 &= \sum_{n=0}^{\infty}\frac{1}{n!}\left(\frac{F_0^2}{2m\hbar\omega^3}\right)^n \\
 &    \quad\times\exp\left(-\frac{F_0^2}{2m\hbar\omega^3}\right)\exp\left[-i\left(n+\frac{1}{2}-\frac{F_0^2}{2m\hbar\omega^3}\right)\omega t\right] \\
 &= \exp\left[-\frac{F_0^2}{2m\hbar\omega^3}(1-e^{-i\omega t}-i\omega t)-\frac{i}{2}\omega t\right]
\end{aligned}
\tag{14}
}

と計算される。したがって、確率 P(t)

 \displaystyle{
\begin{aligned}
 P(t) &= |_0\langle 0|\Psi(t)\rangle|^2 \\
 &= \exp\left[-\frac{F_0^2}{m\hbar\omega^3}(1-\cos\omega t)\right]
\end{aligned}
}

で与えられる。確率 P(t)の値は、 nを正の整数として時刻 t=2\pi n/\omegaにおいてのみ1となる。この現象は、古典的調和振動子の周期性と整合的な結果である。

まとめ

 調和振動子に一定の外力を加えた系を考え、この系を古典力学量子力学という2つの枠組みで考察した。いずれの枠組みでも、調和振動子は外力を加える前の系における基底状態古典力学の場合、正確にはエネルギーが最小の配位)に同一の周期で戻ってくるという事象を確認した。

*1:「今個人的に考えている問題」とは具体的にどんな問題であるかは、本記事では伏せておきたい。笑